「正義」を振りかざし誰かを責める時、心に余裕がない

こんにちは、さくらこです。

あと1日で、2017年も終わり。特に何も変わりませんが、節目という意味で2017年を振り返りました。今年を振り返り、多くの気づきや学びに感謝します。


     

「常識」って曖昧

「常識」ってなんだ?!

常識(じょうしき)とは、

社会の構成員が有していて当たり前のものとしている。

社会的な価値観、知識、判断力のこと。

[要出典]

また、客観的に見て当たり前と思われる行為、

その他物事のこと。

対義語は非常識(ひじょうしき)。

引用:常識 Wikipedia

    
     
    
上記の通りですが

常識は、個人の育った環境や

正義感

時代とともに変わるものもあります。
    
    
   
また、「常識」=「正しい」

とは限りません。
     

     
    
法律的な問題であれば

それは

「常識」ではなく

「規則」です。

違反すれば罰されます。
    
    
    
例えば

箸の持ち方や

笑顔

などは

理想はありますが

それと違っていても

法律には抵触しませんし

誰かに迷惑をかけることではありません。
     
     
    
自分が「正しい」と思うことは

自分が「正しい」と思うなら

そうすれば良いし

「正しくない」「間違っている」と

思うのなら

しなければ良いことです。
     
     
    
自分の「正しい」は

他人から見て「正しくない」かもしれません。
    
     
   
「常識」は、時に曖昧です。
   

    
       
       
    

1→100

    
        
例えば

箸の持ち方が間違っていたとします。

問題は箸の持ち方なはずですが

「あなたは全て間違っている」

という話しに移行することがあります。
    
     

1つの失敗が

100の失敗のように

「いつもそうだよ」

「いつも間違っている」


     
      
     
    

心の「余裕」

心に余裕がない時

視野が狭くなります。

そんな時は

相手を許せなくなります。


    
    
     
もし、心に余裕があれば

相手を良く観察し

良い点を見つけたり

教えてあげることもできます。
    
     
     
そして

相手を許すことができます。
       
      
     
自分が絶対「正しい」と

思っている時

異なる意見

異なる言動をする人は

絶対「正しくない」

と思いがち。
     
     
   
そして

ぜったい「許せない」。
     

    
         
          
もし、本当に相手が間違っていたとしても

「許せない」が強くなると

「許せない」と思っている人自身が

もっとも苦しむことになるんですよ。
     
      
     
人は戦う時

犯罪をする時

攻撃する時

責める時

「幸せ」な気持ちではありません。 
    
    
      
     
物事の悪い点にばかり目がいく時

心に余裕がありません。
    

   
         
        
以前、こんな記事を書きました。↓↓↓

「幸せが先か、感謝が先か」
     
     
     
これが「正しい」かどうかは

個人の解釈次第だと思いますが

いづれにしても

「感謝」の気持ちを持つこと

今あるものに「感謝」する気持ちが

減っている時

イライラし

不満足な気持ちになりがちです。
     
    
     
色んな出来事が起こりますが

きっと、私の鏡。
    

    
        
       
「感謝」することの大切さ。

このような気づきを得られたことに

心から感謝します。

     
      
     

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