「そのもの=存在」という「愛」生まれてきたことに感謝

こんにちは、さくらこです。

今日、11月1日は愛犬マロの6歳の誕生日。お誕生日だから「おめでとう」なんでしょうけれど、私は「ありがとう」と思います。


   

愛犬マロの誕生日

11月1日は愛犬マロの6歳の誕生日。

私の気持ちは「おめでとう」ではなく

マロが生まれてきてくれて

マロと出会えて

マロと家族になれて幸せ♫
   
ありがとう☆

アタチもママと出会えて幸せ~

生後約1ヶ月のマロ。(女の子)

会って2回目だったかなぁ~

生後50日は母犬、兄弟犬たちと離しては

いけませんので

この後、約1ヶ月して

家族になったんだよなぁ~( ´艸`)
      
     
      
マロは緊張しているのか

震えていて

怖がらなくても大丈夫だょ~

安心してね。

宝物のように優しく抱っこして

家に帰ったことを思い出します。
     
       
      
あれから6年かぁ~~。
    
      
     

愛犬を通して思うこと

    
マロと家族になった頃

マロの体重は約650gで

本当に小さくて

オッカナ、ビックリで抱っこ。

ご飯を食べるのも

トイレをするのも

後をついて

少しずつ教えたように思います。
     
     
     
何でも匂いを嗅ぎたくて

何でも触りたくて

何でも興味を持つ仔犬の時は

手がかかったのかもしれません。
※自分で好んで世話しているので手がかかったという自覚がない。
     
     
         

犬は人間に比べると

約5倍のスピードで年をとっていきます。
     
1歳になると身体は大人

心は子ども。
     
家族として一緒に生活しやすいように

基本的なことは

しつけの先生に指導してもらい

トレーニングをしました。
※4~5回
     
     
    
マロはいつの間にか

手のかからないワンちゃんに

成長しました。
   
       

         
     
良い子過ぎて

何か我慢しているんじゃないかと

心配になるほどです。

この記事は愛犬マロとハリーの会話を

日本語に訳したものです。↓↓↓
      
自分も気付いてない自分の気持ち☆コレが大切!
     

         
        
上記の通り

人間の5倍速で年をとっていく訳ですから

いつかお婆ちゃんになる日がくる

ことでしょう。
    
    
    
健康かもしれないし

もしかしたら

寝たきりになるかもしれないし

もしかしたら

痴呆になるかもしれない。

とても手がかかるような状況に

なるかもしれない。
     
     
    
マロに伝えたいのは

お婆ちゃんになっても

病気になっても

寝たきりになっても

ボケちゃっても

傍にいるよ~

     
実際、そうなってみないから

わからないんだよ!

と思う人もいるかもしれませんね。
    
     
     
     

母は最期に「幸せ」だと言った

母と私のギクシャクした関係については

時々、記事にも書いていますが

母は、息を引き取る前の数日は

今まで見たことのないような優しい表情で

私との時間を過ごしました。
     
     
    
これまでの何十年もの不仲が

嘘のよう。
     
その時のことを文字で表すと

こんな感じでしだったと思います。

すべてを、失って

自分の

「人の期待に応えられる武器」を
「人の期待に応えてきた実績」を

すべて無くして

健康もなくして
何もできなくて
役立たずになって

人の世話になるしかなくなって

そんなときに
ひとは本当の自分の価値を
痛いほど感じるのでしょう。

そして、そんなときにも

寄り添ってくれた人
助けてくれた人
応援してくれた人がいる

それだけで
自分が愛されている、と
実感するのかもしれません。

引用:心が風になる心屋仁之介オフィシャルブログ「■自分が「無条件で愛されているか」を確認してみよう/再掲」  

    
     
私はただ毎日母の病室に行き

ただ顔を見て

話せる時には話し

寝ている時はそのまま時間が許す限り

その場にいる。

ただそれだけ。
    

    
         
        
きっと母は、この時に

はじめて自分は愛されていると

知ったのかも知れません。

私が母を愛していたことも。
    
     
     

ただ、ひとつ
覚えておかないといけないのは

その時に

寄り添ってくれなかった人
助けてくれなかった人
応援してくれなかった人

そのひとは、自分を愛してない
そのひとは、自分には必要がない

と、切り捨てることもあるでしょう。

当然ですよね。
そう思うのも当然です。

でも、

それさえも
実は勘違いであり

自分の
「愛しているならこうしてくれるはず」
という価値観で裁いてしまうことであり

敵味方の「戦い」の考え方でもあります。

「形だけの愛」
「目に見えるモノ」

しか信じないこと。

愛「情」だけを、
愛だと思うこと。

もっともっと深い
もっともっと見えない

根底に流れるモノがあることを
感じとることができたら、

愛「情」だけではない

「存在が許されている」という
「そのもの=存在」という「愛」


信じることが出来るのだと思います。

敵だと「見えて」いるものにも

実は愛・愛情・慈悲・慈愛が
   
かくれていることを

引用:心が風になる心屋仁之介オフィシャルブログ「■自分が「無条件で愛されているか」を確認してみよう/再掲」

    
     
     
母は自分の母に
※私からすると祖母

愛されたかったことを

私に切々と話しました。
    
    
     

な~んだお母さんも

お母さんに愛されたかったのぉ??

私たち一緒じゃん(笑)

と大笑いしました。
    

    
        
        
ホスピスのベットで

動けない母の

笑顔と笑い声を聴いて

とても癒やされました。
     
     
    
家族との別れは

一般的に悲しい出来事

不幸な出来事と

思われますが

私は母のこの笑顔が見れて

ほっとしたような

母の肩の荷が下りたような

この瞬間に母の傍にいれたことを

本当に嬉しく思いました。
    
     
    

私にもできる

私も愛されている

価値なんてなくてもイイ

母のお陰でそう思えるように

なりました。
    
    
    
そうはいっても

これまでの習慣で

愛を受け取ることに不慣れなものですから

練習中です。
    
     
     
愛犬マロ&ハリーは

母に代わって

毎日、それを私にしてみせてくれます。
    
     
    

ママは私のこと愛してるから

スネても大丈夫ぅ~

 
  

ママは僕のこと愛しているから

イタズラしても大丈夫ぅ~

  

   

そうだけど~~~

お手柔らかにお願いしますょ

    
そんなこと言うけど

とっても良い子。

     

さくらこ♪ LINE@「さくらこのノマド的Life Style」

ブログでは書けない裏話、さくらこ作スムージーの動画配信、お金の裏話、などお届けしています。

お友達追加してねぇ♪

linebutton02

コメントを残す