私は、こうして生きるチカラを身に付けました。

こんにちは、さくらこです。

ここ最近、不安定な世界情勢でこれまでまったく観なかったテレビを付ける時間が増えています。ニュース以外はほとんど観ていませんが不思議なことに興味のある情報は直ぐにわかるから面白いものです。今日は冒険家の白石 康次郎さんの言葉が心に残ったので私の体験も含めご紹介します。

自分のことは自分でご機嫌にする

普段、まったくテレビを見ない私が

この不安定な世界情勢で

テレビを付けている時間が長くなっています。
   
   
   
といってもNHKのみ。

特に観たい番組はありません。

1時間に1回ニュースがある程度

なので観なくてもいいような

気もしてきます。(笑)
   
   
   
ほとんどの内容は興味がないのですが

興味がある内容の時だけは

どんなに音声を小さくしていても

聞こえるから不思議です。(笑)
   
    
    
昼頃の番組に冒険家の白石 康次郎さんが

出演されていました。

簡単にまとめると

一般的に10名で操縦する規模の

ヨットを一人で操縦し

で世界一周を3回達成した方です。
    

      
      
その白石さんが

おっしゃったことでいくつか印象に

残った言葉があります。

その1つが

「娘さんにも冒険家になって欲しいですか??」

という質問に
   
「娘は娘の好きなことして欲しいです。

反対はしませんが、賛成もしません。」

表現は忘れましたが

経済的な支援もしない

おっしゃっていました。
    
     
     

親に勘当されてやっと自立

恥ずかしながら

25歳の頃に親に勘当されました。(;’∀’)

中高生のグレたのとは違い

25歳です。
    
    
    
しかも、口だけではなく

手も出たので

頭を縫うほどのケガをし

その後、裁判になりました(笑)
※笑いごとではない。 
    

     
         
今は笑って話せますが

その時は

ハラワタ煮えたぎってました。
    
    
    
普通の家族では

考えられないことでしょうね。
    
    
   
私も信じられませんでした。

結局は

そうでもしないと

親も子離れできないし

子も親離れできなかったのです。
   
   
   
私は、それまで

親の期待に応えようと良い子として

生きてきたので

なんだかわかりませんけど

自分でも抑えている感情が

あったと思います。
    
   
   
それが、もう我慢しきれずに

破裂したのです。

破裂して家を出るとか

自主的に自立したのなら

勘当なんてされませんが

私の腹の底には

「お母さんがして欲しいこと

してるんだからお金出してもらっても

当然。やるのはわたしなんだから。」

みたいな気持ちがありました。
   
   
   
そんな態度したら

勘当されて当然でしょうね。
   
    
   
「お前には一切の支援はしない。

勝手にしろ。二度と連絡してくるな。」

と言われましたので

「あっそうですか。ではサヨウナラ。」

と言ってそれっきりです。
    
   
    
かれこれ20年以上前のことです。
   
    
    
親子の問題は省略しますが

勘当されたことがキッカケで

金策を覚えました。

銀行などの金融機関に融資を

受けることなんてしたことも

聴いたこともありませんでしたが

何とかしないといけないので

何とかしました。(笑)
    
    
    
私は兄弟姉妹もいませんので

親だけが唯一の保証人でしたが

親には勘当されたので

他人でも保証人になってくれる人を

探しました。
   
   
   
想定通り99%の人に断れますが

1人だけなってくれる人が

出てきました。
   
    
    
融資希望額の融資がしてもらえ

なかったので

支払いを待ってもらうことも覚えました。(笑)
    
    
    
家もなかったので

保証人がなくても借りれる部屋を

探しました。
    
    
    
苦労をしたのかも知れませんが

私はかなりたくさんの知恵が

付きました。
   
    
   
その後、

祖父が他界した知らせを親戚から受け

祖父の葬儀に顔を出した時に

あまりにも年老いて見えた

母の後ろ姿を見て

心配させてるなぁ~私。

と思いました。
   
    
   
祖父の葬儀で

母の後ろ姿を見て泣きました。
   
    
   
その頃は仕事は軌道に乗り

心に少し余裕が出てきたのか

謝る気になりました。(笑)
   
    
   
それまでは

「親は死にました。」

と言っていました。

親はいないものとして生きていたので

謝るも何も

私には親はいないんだから

謝る人なんていないと思っていました。
※色んな意味で意思が強い。
   
    
    
音信不通の期間は

たぶん約10年くらいだと思います。
   
    
    
   
この10年は私にとっては

必要不可欠な時間でした。

この10年がなければ

私は今頃、生きているかしら。(笑)
    
    
    

父との関係

上記の親子喧嘩は

主に父とでした。

母は父の味方をしました。
※それで良かったと思います。
   
   
   
が、母は私のことが心配でたまらず

私のためにお金を貯めようとしたり

何かをしてあげたくてたまらない

気持ちを抑えていたようです。
    

       
      
母は父に内緒で

勘当している期間も

私のためにお金を貯めていたそうです。
   
   
   
が、諸事情でそのお金は

私に渡らず消えました。
   
   
   
でも消えて良かったと思います。

そのお金があったら

私は、生きていくチカラを

失くことを加速させたと思います。
    
   
    
お金を残そうとした母の気持ちは

ありがたくいただきました。
   
   
   
その当時

母と私は、両依存の関係で

顔を見れば喧嘩していましたが

互いにどこかで期待したり頼りにしていました。
   
   
   
父は、母と私が互いに依存しあっている

ことをわかって

私を自立させるために

勘当したのだと思います。
   
   
   
親は見守るだけで

手も口も出してはいけないと

世間では言われています。
   
    
   
実際にそれができる親は

どれだけいるでしょう。
    
   
   
私は、25歳で親に勘当されて

はじめて自分で生きる術を

身に付けることができました。
    
    
   
そのことが親に一番感謝していることです。

  
   
   

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